もじさんぽ

絵本の読み聞かせと育児を楽しむ日記

子供を産むということは親のエゴであるという当たり前の事実

はてなでこちらの記事が話題になっていたので、思ったことを書きます。

anond.hatelabo.jp

これから生まれてくる子供は、絶望しかない日本で暮らしていくことになる。この日本で子供を作るということは、子供を地獄に突き落とす行為となんら変りないように思う。本当に子供のことを考えるのであれば、日本で子供を作るべきじゃない。

半分くらい同意します。でも「べきではない」と断定する必要はないかなーと思います。

また、これに対して、意見が多かったのが、

「日本以外のどこならいいんだ。あと、貧しい国の方が出生率高いよ。」

「戦国時代とか日本の歴史上もやばい時代はいくらでもあった」

というような、過去の日本という時間軸における比較と、現世界の日本以外の地域の比較をして、「じゃあ、いつ、どこでならいいの?」という意見が見られました。これも言い分はわかります。

なぜ子供を産むのかという問い

子供を作る前に考えるべきポイント「なぜ子供を産むのか」という点を考えてみます。最終的に、我が家の理由は「漠然と欲しいから」という回答に行き着きました。それまでの思考の過程もありますが、結局、ざっくり「欲しくなったから」というのが理由になりました。

自分の遺伝子を後世に残したいのか

人間に限らず、動物、植物、生命の根幹にあるとされている考えとして、自分の、あるいは自分の種族の遺伝子を残したいという本能が遺伝子レベルで組み込まれていて、それに従っているという説があります。ただ、僕には正直あまりよくわかりません。

食欲や睡眠欲についてはよく分かります。食べ物を食べなくては生きていけないと分かりますし、睡眠をとらなくていい人はほとんどいません。必ず、眠たくなって寝ることになります。これらは生きるのに必須なもので、もはや「欲」というカテゴリに入れてしまっていいのかというレベルで必須条件だと思います。

一方で、「子供を作る欲」については正直、直接それを満たせなくても死ぬことはありません。むしろ「欲」というカテゴリに最も近いものかもしれません。嗜好品、オプションという感じがします。

この「性欲」が遺伝子に組み込まれている理由が、自分の遺伝子を後世に残したいからなのでしょうか。意識を持っている人間は、子供を残すか残さないか選択できるのであれば、遺伝子はなんと物足りない状態で「性欲」を作ってしまったのか。本当に必要であるならば、食欲や睡眠欲と同じように「子供を残さなかったら生きられない」くらいのレベルで遺伝子に入れておくべきだったんじゃないかと思います。どうしてオプションにしてしまったのか。人間は本当に遺伝子を残したくて子供を作るの?

自分自身の事で考えてみても、食欲、睡眠欲のような強いものを感じないので、遺伝子を残したいからという理由で子供が欲しくなったわけではないと思います。

子供を残さなかったら生きられない世界

遺伝子レベルでそうなっていなかったとして、子供を残さなかったら生きられない時代は、日本にも世界にもありました。

老後に自分の世話をする人を作っておかないと、労働力を提供できなくなった瞬間に死ぬことになります。労働力として子供を産むということですね。

一方で、高度な社会性を身につけた人間には、そこまで自分で労働力を確保する必要はなく、自分の持っている価値と老後の自分の世話仕事を交換して、生きれるようになっていきます。しかし、逆に社会性が発達したせいで、社会全体が近い将来を支える労働力を必要とした。結果、「子供を産まなくちゃいけいない空気」が強く出て、産めない人は社会から追放されるということになります。

それが戦後までずっと続いてきたのかなと思います。

今の時代、「子供を産まなくちゃいけない空気」は薄くなったように思います。自分に当てはめてみても、お金さえたくさん用意しておけば、老人ホームに入って、死ぬまで面倒を見てもらえると思うので、子供を残さなくても物理的、社会的に死ぬことはありません。

子供を産むのは親のエゴ

あまりまとまらないですが、結局あーでもないこーでもないと考えた結果、なんとなく欲しくなった。という理由です。その背景には、「みんなが子供を産んでいるから」とか、「他人の赤ちゃんが可愛いから自分も欲しい」とかがきっかけで一人目を産んでみて、「一人目が可愛かったからもう一人」みたいな感じで二人目産んでといった、流れだけがあって、論理的に説明しようとするのは難しいのかなと思います。

結局、今の時代、子供がいなくても自分が死ぬことはないので、純粋に親が欲しいからというエゴで子供を産んでいる以外の何物でもないと思います。それが当たり前になったんだと思います。

(ちょっと思ったのですが、人が他人を殺すことは、倫理上は良くないこと、法律上は禁止されている一方で、他人を誕生させることは特に縛りはないという表裏があって、なんか面白いですね。 生死に関わる中で、子供を産むということは、他人の人権を唯一勝手にできる瞬間ですよね。存在もしていない子供に人権はないかもしれませんけれど。)

今の時代は「産まない」選択が容易にできる時代になった

一昔前は、社会的に子供を産まないことが許されていなかった時代だったと思います。子供を産まないと村社会から追放されて、あるいは親族からも追放されて生きづらい世の中だった。

それが今は、はてなにもあるように、後世が厳しい世の中だから、子供を作るのを控えようという価値観が許されるようになった。ということだと思います。

子供を持たないと決める夫婦は増えています。子供が産めないという夫婦もたくさんいらっしゃると思いますが、はてなの人のように、子供が生きるのが可哀想だから産まないという理由で産まない人もそれなりにいると思います。

「絶対に産め」という空気感が薄れた現在(今まで本当に強かったのかについては僕はわかりません)。今まで以上に、「子供って必要なの?」という部分をしっかり考えることと、子供を世の中に放り出して、一人でちゃんと生きていけるように育てることが重要だと思います。

今後さらに厳しくなる日本が見えているので、いざとなったら日本を出て、どこでも生きていけるような子になって欲しいと思って育てたいです。まあ、こういうのも全て親のエゴですけども。